この照らす日月の下は……
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救難信号が出ていれば、たとえ敵の人間でも保護しなければいけない。それが宇宙でのルールだ。何でも、それはまだ人類が地球上だ
けで生活していたときから変わっていないらしい。
だから、この艦がプラントの救難ポッドを拾ったのは当然だろう──もっとも、約一名は盛大に反対してくれたらしいが。
だが、もしあのポッドを見捨てたことで後々自分たちも見捨てられたとするならば責任がとれるのか。
ムウのこの一言にバジルールも黙らざるを得なかったらしい。
しかし、だ。
一番問題だったのは中にいた人物だった。
「……ラクス?」
ムウとカナードにつれられてやってきた相手に、キラは目を丸くした。
「どうして?」
「それがわたくしにもよくわかりませんの」
キラの問いかけにラクスは首をかしげてみせる。
「ユニウスセブンの追悼行事のために船に乗っておりましたら、いきなりポッドの中に押し込まれたのですわ」
そこから先はよくわからない、と彼女は続けた。
「何か緊急事態が起きたんだろうな」
こう言ってきたのはカナードだ。ムウは自分の今の立場を考えてあえて何も言わないつもりらしい。
「かもしれません。皆さん、ご無事だといいのですが」
そう言って彼女はため息をつく。
「知り合いなら、できるだけ一緒にいてくれるとおにーさんはありがたい」
状況がわかったのか。ため息交じりにムウが口を挟んできた。
「でないと、怖いおねーさんが何をしでかしてくれるかわからないからな」
茶化すようなその口調の裏に嫌悪感が見え隠れしているのは錯覚ではないだろう。
「まずいのか?」
カナードがそう問いかける。
「思い切りばらしてくれたからな。自分の立場を」
ムウの言葉にキラも頭を抱えたくなってしまった。
「いけませんでした?」
ラクスがそう言って小首をかしげてみせる。彼女にしてみれば自分の立場もシーゲルのそれも誰に告げても恥ずかしくないものなのだ
ろう。
「少なくとも、この艦ではな」
ほかの地球軍の艦艇でも問題だが、とムウは苦笑を向ける。
「なんといっても、今この船はザフトの戦艦から逃げ回っている最中だ。切羽詰まったお馬鹿さん達が逃げ切るために何をしでかすか、
おにーさんでもわからないってところだな」
条約だけは守らせるつもりだが、と彼は苦笑を深めた。
「条約すら守らなくなったら末期だろうが」
あきれたようにカナードが吐き捨てる。
「そうなんだけどなぁ……どうも彼女はそのあたりの認識が甘いようでな」
困った、とムウがため息をつく。
「しかもこんな状況だから適当に握りつぶしそうでさらに問題なんだよ」
だから、と彼が続ける。
「絶対に一人で行動しないでくれ。できれば嬢ちゃん達は二人セットで行動すること。いいな?」
ムウの強い口調にキラだけではなくラクスも反射的に首を縦に振っていた。
ラクスと行動することに友人達は皆寛容だった。もちろん、その中にはフレイも含まれている。
ある意味、それは友人達にとっても意外だったらしい。
だが、それはきっとあのことがあったからだろうとキラは考えている。
「いったい、どこで知り合ったの?」
顔合わせの時に真っ先にそう問いかけてきた。
「幼年学校に通う前の年でしたわ。わたくしの母とキラのお母様が親友同士でしたの」
キラの母に会うために月に向かった母について行ったのだ。ラクスはどこかうっとりとした表情でそう続ける。
「男の子の格好をされていても、ものすごくかわいらしかったです」
「写真ないの!」
即座に食いついたのは当然のごとくフレイだった。
「ありますわ」
それにラクスがさらりと返す。
「あるの?」
彼女の言葉にキラは反射的にそう叫んだ。
「当然です。あなたやあなたのお母様から贈られてきたデーターも持ち歩いていますわ」
もちろん、バックアップはちゃんととってある。そう言ってラクスは胸を張る。
「そういうことじゃなくて……」
なんといえばわかってもらえるのだろうか。そう覆いつつキラは自分の顔を手のひらで覆う。
「キラの笑顔はわたくしの癒やしですの」
そうしていれば、さらにラクスが追い打ちをかけてくれる。
「そうよね!」
さらにフレイが同意の言葉を口にした。だけではなく、ほかのメンバーまで大きく首を縦に振っている。
「だから、見せて!」
フレイがそう言いながらラクスの手を取った。
「もちろんかまいませんわ」
用意をするからちょっと手を離してくれ、とラクスがいえばフレイは素直に言われたとおりにする。そんな彼女の行動に周囲は苦笑を
浮かべつつもとがめることはない。あるいは、彼らも気になっているのだろうか。
「……せめて、僕がいないときにして」
思わずそうつぶやいてしまう。
「ごめん、キラ……あれこれあって、フレイも限界が近かったんだ」
歩み寄ってきたサイが本当に申し訳なさそうな表情でそう言ってくる。
「いいんだけどね……ただ、僕が恥ずかしいだけだから」
本人の目の前でやらないでほしい、とキラはため息交じりに告げた。
「それに関してはあきらめるしかないな」
トールが苦笑とともに言葉を口にする。
「お前がそうやって恥ずかしがる姿がかわいいんだと」
さらに付け加えられた言葉に思い切り脱力した。
「何だよ、それ」
本気でやめて、とキラはぼやく。
「気持ちはわかるけどね」
「確かに」
それなのに、男どもまでもがこう言い始めた。それにキラは本気で逃げ出したくなる。
だが、とすぐに思い直す。まだカナードがこの場にいないだけましなのではないか。いたらさらにいたたまれない気持ちになっていた
だろう。
「それにしても、月時代のキラにも友達がいたんだな」
「トール!」
「……怒るなよ、サイ。一度も話を聞いたことがないから気になってたんだって」
彼らの会話から、それなりに気にしていてくれたのだとわかる。
「いなかったわけじゃないんだけどね。カガリもそうだし」
だが、幼年学校では作れなかったのだ。理由はいわずもはなである。
「キラにはやっかいなストーカーが着いていましたもの」
あえてキラが口にしなかったことをラクスがあっさりとばらしてくれた。
「ストーカー?」
「そうですわ。キラを独り占めしたくて、ほかの人間が近づくのを緩さ中田お馬鹿がいるのです」
そして、と彼女は続ける。
「困ったことに、今はわたくしの婚約者、ということになっていますわね」
婚姻統制などなくなればいいのに、とつぶやいたのはラクスの本音だろう。
「ラクスとアスランが?」
「そうですわ。思い切り不本意ですけど、立場上受け入れないわけにはいきませんでしたの」
第二世代以降のコーディネイターに子供ができにくい以上、仕方がない。ラクスはそう言う。
「でも、キラの盾になれるのでしたら妥協範囲内ですわ。オーブの方でもっと遺伝子の相性がよい方がいるかもしれませんし」
そうしたら捨ててやる。そう言い切るラクスは強いと思う。
「そいつ、顔を見たら殴りそう」
「だめだよ、フレイ。手が傷つくから」
「そうそう。コーディネイターでも男なんだから、蹴り上げる方向で行った方がいいよ」
それも何なのだろうか。しかも、提案しているのが同じ男だというところに仲間達の怒りを感じる。
「危ないことをしなければ、それでいいよ」
そう言うしかできないキラだった。